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盛岡地方裁判所花巻支部 昭和29年(モ)41号 判決

債務者 和光産業有限会社

債権者 国

訴訟代理人 鰍沢健三 外四名

主文

本件につき当裁判所が昭和二十九年九月二十四日債務者に対して為した仮処分命令はこれを認可する。

訴訟費用は債務者の負担とする。

事実

〈省略〉

理由

国である債権者において北上川水防対策及び綜合開発を目的として本件田瀬堰堤を計画し昭和十六年着工したが太平洋戦争のため一時休工となり昭和二十五年十月同工事が再開されるに至つた経緯同堰堤の規模その要地として別紙土地目録記載土地所有権を買収により債権者が取得し同地上に別紙建物目録記載の債務者所有の建物が存在しており債務者は債権者に対し昭和二十九年四月末日限り同建物を収去することとしこれに関する債権者の債務者に支払うべき補償金額等が債権者主張の如くであることは当事者間に争なきところ、疎甲第四号証の一及び証人和田勉の証言によれば右補償金の支払は債務者において右建物の収去を完了した後になされる約であつたことが明らかである。これに関する債務者の右補償義務の履行を俟つて収去する旨の特約があつたとの主張はその疎明なく、また右補償金を予め支払う特約なきも条理上右収去と支払とは同時履行の関係にありというべきであるとの主張は前記疎明された事実よりその理由なきこと言を待たない。

しかして岩手県地方にあつては例年九月は台風襲来による豪雨期で洪水による被害の最も甚大な季節であることは顕著であるところ、疎甲第一号証、同第五ないし八号証によれば本件堰堤は既に湛水を開始し得る程度に完成しているが債務者本件家屋を収去しないのでその開始ができないでおり、かゝる状態において一朝豪雨があれば右堰堤による洪水量の調節は不可能でそのため北上川水域における多大の人命財産等に及ぼす回復すべからざる災害の惹起する虞あることが明らかである。

右の如き場合にあつては債権者に本案訴訟における判決前右危険発生の虞を防止するため仮に右疎明された権利を行使し得る仮の地位を定める必要ありというべく本件仮処分が民事訴訟法の認める仮処分の範囲を逸脱したものだということはできない。

債務者は本件仮処分命令が債務者を審訊することなくなされたことは違法であるというが仮処分裁判における審理方法について民事訴訟法はその種類を問わず口頭弁論を開く場合、債務者を審訊する場合、書面のみによる場合を定め口頭弁論を開くことを原則としているが必ずしもこれによらなくてはならないものではなくそのいずれによるかは裁判所の判断に任せられているところで、本件においてその疎明方法及び債務者会社の社員鈴木喜の審訊の結果によりすれば必ずしも債務者を審訊すべきものであつたということはできない。

また本件の如き仮処分命令をなすにつき債務者を審訊しないのは憲法第三十二条の裁判を受ける国民の権利を奪うものであるというが右憲法の規定は裁判所でない機関によつて裁判を受けることがなないこと、裁判所へ裁判を請求することを保障したものでその審理方法について定めたものではない。従つて裁判所が民事訴訟法の定めるところに循つて裁判をした場合その審理が右憲法の規定に違反したということはあり得ないことで本件仮処分命令が民事訴訟法の定めるところによつてなされたことは前説明のとおりであるから債務者を審訊しなかつたとしても違憲だということはできない。

更に債務者は債務者に陳述する機会を与えずして債務者の財産権を剥奪する裁判をするとは越権で憲法第二十九条に反するというも同条は裁判所の裁判に対して国民の財産権を保障したものではないから右違憲の主張は理由がなく結局その審理方法を誤つているという民事訴訟法違反を主張するものに過ぎない。そして本件仮処分命令に関する審理が違法でないことは前説明の通りである。以上の理由により本件仮処分申請はその理由あるものとしてこれを認容すべきものとする。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 降矢良)

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